自分が死んだら本当に仏法が無くなってしまう

仏教を学べば学ぶほど、この仏教という教えを本当に知っている人は私以外には誰もいないことが強く感じます。
どの仏教書にも書いてないこと、仏語はあっても、その本当の意味を誰も知らない中、自分はこの教えを知っている。そう思うと、この教えを後々の人の為に遺してゆかなければならないと強く感じます。
私が死ねば、仏教という教えは無くなってしまう。そんなことを思うと、自分の使命の重さを深く感じます。
そう思うと、こんな風に無駄に時間を使っていていいのだろうかと思ってしまう。
特に独りになった時、独りになった時こそ、仏法の為に時間を使わなくてはならない時だと思うのに、仏法の為に時間を使っていない自分がいる。
こんな自分を変えたい。人生には限りがある。一度過ぎ去った時間は二度と戻って来ないのに、時間の無駄遣いをしている自分がいる。
せっかく自由になる時間があるのに勿体ないなと思わずにはおれない。
自分を変える。仏法の為に人生をかけるようになりたい。
その為にも、まず自分自身が深く教えを知らなくてはならないと思います。
仏法を染み込ませること。それが自分を変えることになるのだなと思います。

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