こんにちは、上田です。
読んで頂き有難うございます。
仏教では心の穢れを煩悩と言われます。
心が穢れてくると、
私たちはわがままになったり、
ちょっとのことで落ち込みやすくなったり、
怒りっぽくなったりして、
自分の心を自分でコントロールできなくなります。
だから、いつもなら、怒らないところで、
怒ってしまったとき、
親鸞聖人は
「これ煩悩の所為なり」
と言われて、
自分がやったんじゃなくて、自分の心の穢れが
させたものだから仕方ないんだよと教えられました。
自分の心に目を向けると不思議なものですね。
心に穢れがたまってくると
自分でも不思議なぐらい、こんなことでと思うことで
怒るし、
こんなささいなことでと思うことで落ち込みます。
だから、心の穢れに気がついた人は、
自分の心を掃除することができ、
自分の心をコントロールできるし、
心の穢れに気がつかなければ、
いつも、自分の心が思うようにならず
苦しまなければなりません。
自分の心の穢れが分かる人って幸せな人なんだなって
思いました。
あかりは両脇に助手がいないと大変です。たくさんこぼしてたくさんよごします(^O^)
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