十方三世の無量慧 おなじく一如に乗じてぞ 二智円満道平等 摂化随縁不思議なり
大宇宙の無量の智慧も持たれた今までに現れた仏様も今、現れた仏様も、これから現れる仏様も皆、無量の智慧と言っても、一如というこの世の真理を悟ることによって仏になられた。では、一如とは、何か?それはこの世のあらゆるものは現実にあるこれは間違いのないと思うものは、心に映った映像に過ぎず、それにどんなに執着しても、それは私たちの幸せや苦しみとは何の関係もないということ。でも、私たちはそのないものに執着して、それを自分のものにする為に罪悪を造り、他人を否定しては罪悪を造り、その罪悪は自分の中には気づかないけど、私の中にずっと収まり続け、私の心を苦しませ続ける。つまり、この世の真実とは、私たちは実際はないものなのにあるものだと思って執着し、それによって罪悪を犯し、その罪悪の報いはないと思っているけど、実際は自分の中にあり、苦しませ続ける。この真実を悟ったことが仏様であり、それを私たちに分かりやすく教えて下さる力を持っておられる方も仏様であります。だから、仏様は人々を見られて、ないものをあると思って、それに執着し、人生のほとんどの時間を費やし、人生を無駄に終えてしまう人々。そして、その代わりに罪悪を造り続けている私たちの姿を見られて、なんと悲しいことなんだ。みんな人生を無駄に過ごしていることに気づかず、最後に後悔の涙を流している。こんな哀れな人たちを救ってあげたいと教えを説き始め、色々試行錯誤を繰り返しながら、どうしたらこの真実を伝えることができるかという智慧を身につけてゆかれる。この真実を悟った人は、人々の姿を見られて慈悲を起こすので、皆同じ道を進まれる。そして、あらゆる縁を生かし、仏法を伝えてゆかれる姿は本当に不思議なことである。
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