七宝の宝池いさぎよく

七宝の宝池いさぎよく 八功徳水みちみてり 無漏の依果不思議なり 功徳蔵を帰命せよ
七宝の宝池とは、阿弥陀仏に救われて徳を積んだ人のこと。その人は池の水のように、私たちの渇いた心を癒やしてくれる。コロナの為に子供や夫が家にいる。それだけでイライラするとか、ムカつくとか、苦しいと思うのは、それだけ穢れているから。穢れは心の渇きを欲によって誤魔化す為に心の中に溜まってゆく。穢れが溜まるとどうなるのか?
本当は心は寂しくて、人と一緒にいたい筈なのに、まわりの人の言動が気になる。あの人は家の中にいても、何もしてくれない。パソコンの前にいつもいて、ゲームばかりしているとか、私は家事をやって忙しいのに、子供の面倒を見てくれないとか、ご飯を食べても片付けてくれないとか、相手の言動が気になり、イライラする。幸せを生み出す筈の家庭が苦しみを生み出している。それは家庭の中に功徳がないから。そんな人でも、七宝の宝池のような人に触れると今まで怒りに満ちていた心が浄化され、今までムカついていた相手でも、仕方ないなと許して、また、一緒に頑張ってゆこうと思えるようになる。みんな幸せになりたいと思って一緒になったのに、その人と一緒にいると苦しい。そんな人に対して、心の潤いを与え、幸せな家庭を作れるように、心を潤してくれる。そんな存在が七宝の宝池。そんな人がいるからこそ、目の前の相手を見捨てることなく、一緒に頑張ってゆこうと思えるようになる。それは本当に不思議なことであり、功徳の詰まった阿弥陀仏がおられるからできること。だから、阿弥陀仏に対して心から帰命しなさいと教えられるのです。

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