私たちはとかく何か問題があった時、心の中で言い訳をして、私はこういうことをしてしまったけど、それにはこういう理由があったからだ。だから、自分は悪くないと自分を正当化して、謝ることをしないが、仏教から言ったならば、たとえこういうことをするには、それなりの理由があったからとはいえ、自分がこういうことをしてしまったのは悪いことだから、その部分は悪かったねと謝らなければならない。
私たちはどうしてだろう、トータル的に物事を考えて、自分が悪いか、相手が悪いかを考える。でも、世の中のことってすべて自分が悪いとか、相手が悪いということはない。必ずどちらも悪いということがある。それを自分がこういうことをしたのは、こんな理由があったからだと自分を正当化していたら、謝ることなんてできない。みんなどちらが悪かったかなんてどうだっていい。自分が傷ついたことを分かって、それに対してごめんねと言ってもらいたいだけ。でも、自分が悪かったと認めたら、相手はさらに責めてくるように感じて素直に謝ることができず、むしろ、相手の方が悪いと責め返してしまう。だから、世の中喧嘩が絶えないのですね。
悲しいことです。
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