我で生きている人

よく相手から嫌な顔をされるぐらいなら、やらない方がいいと思う人がいるが、それは相手から嫌な顔をされたことによって、自分のことを嫌な顔をされるような自分と思ってしまうからです。
私たちは誰しも自分とはこんな人間なんだという我を持っていて、自分自身も自分がイメージしたように振る舞うし、まわりの人からも自分のイメージした我の通りに見てもらいたいという心がある。
それはみんなこの我こそ、自分だと信じているからであり、この我が崩れてしまったならば、一人では生きてゆけないような弱い自分が見えるから、自分は誰に頼らなくても生きてゆける強い自分でいたいから、みんな必死になって我を守っているのです。
だから、我がある間は、自分は一人でも生きてゆけると思っているから、嫌なことがあると、簡単に人を切ってしまう。例えば、相手との関係の中で、相手の言動を通して、自分が無視されたと感じた時、こんな嫌な思いをするなら、この人との人間関係を断ち切ろうと思ってしまうのです。
でも、本当は相手と接して自分が寂しい思いをしたのであり、寂しいと思うならば、自分の方から頭を下げて近づいてゆけばいいのに、私たちはあの人がいなければ、こんな寂しい思いをすることはなかったと、自ら人間関係を断ち切って、一人になろうとしてしまうのです。
結局、私たちは一人で生きてゆけるという我を持っている為に、寂しいという自分の感情を無視してしまうのです。
確かに寂しい思いにさせたのは、相手かも知れない。でも、誰よりも寂しいという自分の感情に対して味方になってあげないといけないのが、自分なのに、その自分が一番自分の感情に対して無視している。
それが我で生きている人の姿なのです。冷たいのは他人じゃない。自分自身なのですね。

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