過ぎたるは及ばざるがごとし 2010.04.11 こんにちは上田です。 いつも読んで頂きありがとうございます。 自分が相手の為にしてあげなければと思う心。 その心が相手を苦しめる。 相手はそこまでしてくれなくてもいいと思っているのかもしれない。 それが分からず相手の為にしてあげればあげる程、 相手は負担に思う。 過ぎたるは及ばざるがごとし 関わりすぎることは相手の為にならないのだなと思いました。 従姉妹が遊びにきた。お姉さんになった気分のあかりさん。
コメント
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仏法のことと、自分が相手の為にしてあげなければと思う心は別ですよ
その心が相手を苦しめる。相手はそこまでしてくれなくてもいいなど相手が認めようが認めまいが変わらないの真実であり、救われたとき宿善だったと知らされます。
それが分からず相手の為にしてあげればあげる程、相手は負担に思うというのも、仏法のことと世俗のことは全く別です。
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親という字は木のうえに立って見ると書くといいますから、見ることも大切なのかもしれないですね
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そうですね。
見守ることも大事ですね。
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コメントありがとうございます。
私は仏法も世俗のことも相手を傷つけてはならないと思います。
もし仏法を伝えるときは行き過ぎてもいいとしたら、お釈迦様の教えを否定することになるからです。
自分は正しいと思ってやっていることでも、相手を傷つけることはあります。
仏教ではそういうときも悪だと教えられています。
考えてみると自分が正しいと思ってしているとき程、相手の気持ちを無視して、ひどく相手を傷つけしまうことがあるものです。
こうやって書いていることもコメントを書いてくださった方を傷つけるような文章かもしれませんし、
もし私の書いた文章によって傷ついたならば、謝らなければならないと思います。
だから、親鸞聖人も何が正しいか何が間違っているか分からないものが自分だったと反省されています。
私もできれば傷つけるような書き方はしたくないのですが、
未熟な文章の為、傷つけることがよくあると思います。
そんな自分を人を傷つけてしまう自分だなぁと見ていくことが大事なことだなと感じています。