風船のように膨らんで、最後はすべて消えてゆく

こんにちは上田です。
いつも読んで頂きありがとうございます。
私たちはいつも外に目を向けて、どうしたら少しでも自分のものを増やして我を拡大できるかを考えている。
しかし、そうやって我を拡大しても自分が管理できるものには限りがある。
結局は、そうやって手に入れても、ほとんど使わずほったらかし状態。
だから、我を拡大してゆく人生は風船のように膨らんで中身が空っぽの人生になる。
中身がないから、やがて風船がはじけるように、何か思い通りにならないことにぶつかるとガラガラと崩れ始め、最後には何も残らない。
中身のない人生はどんなに表面を飾って大きく見せたとしても、最後には始めから何も無かったように、すべてが崩れてゆく。
だから、智慧のある人は最後に残るようにゆっくりでも確実に中身を育ててゆく。
心が穢れると大事なものが見えなくなる。表面的な形にとらわれて、本質や心が見えなくなる。
だから、力ずくでも自分の思いを通そうとする。そんなことをしたら、自分に対する信頼は崩れ、力を失った時に、自分から離れてしまうだけなのに、心が穢れると、他人の心が見えなくなり、自分の思い通りに他人が動いてくれることに有頂天になってしまう。
先が見えない。自分もやがて力を失う時が来ることが分からない。何時までも今の状態が続くと思っている。
それが心が穢れるということ。だから、心が穢れると、気付かないうちに大事なものを失ってゆく。
大事なものが自分から離れてゆく。
そして、最後には表面的な形が崩れ、潮が引いたように、みんな自分の元から去ってゆく。整理とは、そんな未来がやってくる前に現実を見せ、自分の人生は大事なものを粗末にしてボロボロにして、それ以外空っぽであることを教えてくれる。
その事に気付くからこそ、多くのものを求めるのではなく、今、自分に与えられたものを大事にしてゆこうとしてゆくのです。

コメント

  1. teshi より:

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    目の前のものや周りにあるものをバカにする心は、ふとした隙に気づかない間に芽生えます。大事にするべきものが見えていないものだなあということは、いつも意外な発見です。そんなことも分からずに生きているのか、と不思議な気持ちになります。

  2. soyokaze より:

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    馬鹿にしたいという心はこんなことをしても、自分は許してもらえるだろうかという相手に甘える心です。
    自分を否定せず、こんな心もあるのかと許してゆくのが大切です。

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