衆生濁とは

こんにちは上田です。
いつも読んで頂きありがとうございます。
衆生濁とは
欲を逆巻かせる縁が増えすぎて、人々は次第に心が渇いていきます。家の中には買い込んだ食料品や、いつか着るだろうと買ってある大量の洋服など不必要に衝動買いした物が家の中にひしめき、家のなかでは収まらないと倉庫を建ててそこにどんどん物を入れていきます。
巷にはスーパーや通販、コンビニがありますので簡単に物が手に入ってしまいます。お金さえあれば何でも手に入れることができてしまいます。
買わずにおれない人々は、生活スペースを物に奪われるほど、どんどん思考も止まっていきます。自分の生活をより良くするためのはずの物が規則正しい生活を奪っていきます。思考を奪われた人は、人間らしい考える作業を怠っていくので、怒りや欲望に振り回される畜生へと身を落としていきます。問題があれば人のせいにし、争いが絶えなくなっていくのです。
不安におののき人を疑い、自分なんか居ない方がいいと自分を否定し、そんな自分を受け入れてくれないと今度は他人を責め始めます。大切な家族までも簡単に縁を切り、友人もどうでもよくなり、孤独になっていきます。基本的に人を信じることができなくなっているので、コミュニケーションを避けがちになるのです。世界がこのような人々になってしまうのを衆生濁といいます。
また、欲を満たすものが無さすぎても人々は思考が止まってしまっています。なんとなく現実が見えるからです。
程よく欲に流れるのがいいのですが、私たちは生活を律する戒が身に付いていないので、欲を満たすものが見付かるとそれに飛び付き貪り、欲の対象がなければないで深海のように時が止まるのです。

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