私たちは自分が正しいと思うことを否定されると腹が立つ。それは何故だろうか?それは私たちは自分が正しいと思っていることに対して、時間やお金や体力をかけている。そのかけたものが無駄になると思いたくはないからだと思います。私たちは自分がかけてきた分だけ、そのかけたものは意味があったと思いたい。だから、私たちは何かに時間やお金、体力をかけるとかけた分だけ、自分のやってきたことは正しいことなんだと思って、正当化しようとする。でも、本当に正しいものにかけたとしたら、かけた分だけ、何かが残る筈。本当に正しいものにかけたとしたら、かけてきた時間の分だけ何かが残っているので、わざわざ正しさに拘らなくても、自分にはこれが残っているからと自信を持って答えることができる。結局、私たちは色々なものを追い求めながら、最終的には何も残っていないので、
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